『月刊美術』1997年7月号掲載

焼却炉

籔内佐斗司(彫刻家)

 彫刻家というのは因果なものです。大きな材料から不要な部分を削り取って、必要な形だけを残していくのが仕事です。それは作品を作るのと同時に、ゴミも作っていることに他なりません。省資源、環境重視のご時勢にまったく逆行しているのです。

 昨年末から、東京二十三区では、事業所のゴミ収集が有料化され、清掃局のひとからわが工房のゴミ袋は45リットルと指定を受けました。
この袋に貼り付けるゴミのシールが一枚約250円です。だいたい一週間に五袋程度の焼却ゴミを出しますから、一週間で1250円、1年50週として60250円になります。
 家庭のゴミは無料ですから、実質的には法人事業税の引き上げと同じことです。
 これにはなんとなくしゃくに触りましたので、今年の初めに近所の日曜大工センターで、ステンレス製の焼却炉を買ってきました。

 いまでは焼却炉で木屑や紙を燃やすのが私の日課となっています。

 しかし自分でゴミを燃やすようになって、いろいろ考えるところがありました。木屑のなかにほんのわずかでもプラスチックや発泡スチロールのかけらが混じっていようものなら、煙のすごいことすごいこと。またにおいの不快なことといったらありません。
 ゴミの分別収集が始まった頃、めんどうなことをさせるもんだと思いましたが、あらためて分別収集の重要性を認識した次第です。
そして木屑は完全燃焼してほんのわずかな灰しか残りませんが、紙は意外なほどたくさんの燃えかすが残ることに気がつきました。紙箱や段ボールなどは、ほとんど原形をとどめたままの姿で灰になっていてちょっと感動ものです。

 ゴミを燃やしていると、子どもの頃に父がホーロー製の焼却炉で家中のゴミをせっせと燃やしていたのを思い出しました。当時はゴミの分別などは考えもしなかったころです。日曜日になるとビニールだろうがゴムだろうが落ち葉や生ごみと一緒に燃やすものですから、煙突から真っ黒なすすだらけの煙をもくもくと吹き出していました。住宅街でしたから、きっとご近所の顰蹙をかっていたことでしょう。真夏の暑い日にも、汗だくになりながら、嬉々としてゴミを燃やしていた父の姿が目に浮かびます。そして今の自分の姿と重なって苦笑してしまいます。

 「燃やす」というのは、どうも男の破壊本能を刺激するもののようです。工房の男性はみんな面白そうに焼却作業を行いますが、女性連はとんと興味を示しません。そういえば昔の落ち葉焚きも、燃やすものをせっせと集めて火をつけるのはお父さんで、さつまいもや栗を持ってくるのはお母さんであったような気がします。
 人類が他の生物と違う道を歩み始めたのは、二足歩行と火をコントロールすることを覚えたときからだといわれています。しかし、都会に暮らしていると、火を燃やすという作業からずっと遠ざかっていたことに気がつきました。また、燃え上がる炎を見つめていると、お不動さまの光背や地獄草紙などの炎の描写のリアリズムにあらためて感心します。


常磐之童子


不動明王面

私の仕事場から出るゴミを燃やすだけでも大変な熱量があります。段ボール箱ひとつ分を燃やすとちいさなやかんの水を充分に沸騰させることができます。地域ごとの焼却場からでる熱量にいたっては莫大なものになるのがよくわかります。
また化学物質を燃やすことで有毒物が発生することや、大量の酸素を消費して二酸化炭素が排出されていることも理解できました。清掃事業やリサイクルの重要性を遅まきながら実感しています。
巨大なエネルギーを消費して作られた生産物をゴミとしてただ焼却してしまうことが許される時代ではなくなりました。また無償の公共サービスも、垂れ流しの福祉とともに限界があるのは当然です。どんな公共事業でも利用料金の受益者負担の原則は守られるべきだと私は考えます。


 ですから、清掃事業の有料化そのものに反対ではありません。本当にゴミを減らしたいのなら、家庭のゴミも有料化すべきです。そして地域から出たゴミを地域内で処理をし、そこから発生するエネルギーを効率よく地域に還元できるシステムが必要です。そのためには清掃事業は、区や町単位の小回りの利く小規模な自治体のしごとにするほうが適していると思います。
また、どうせお金を払うのなら、ガスや電気や通信事業のように清掃事業も行政の監督のもとで民間へ移管し、排熱や資源ゴミの効率的利用を推し進めて利益をあげる体質にもっていくのもいいと思います。そうすれば、「ゴミ買います」という企業も現われるでしょう。
国鉄や電々公社の民営化後の企業努力やサービスの向上は目をみはるばかりです。親方日の丸の庇護のもとに合理化反対のストライキに明け暮れていたのが夢のようです。
猛烈なエネルギーを発散する焼却炉が随分といろんなことを考えさせてくれました。
一万円足らずのとても有意義な買い物でした。


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