『月刊美術』1998年5月号掲載

ブロンズ

籔内佐斗司(彫刻家)


小ねずみ童子(木彫)
 私は木彫のほかにブロンズの作品を作っています。
展覧会場でブロンズ作品を前に「こんなに硬いものを彫るのは大変でしょう。」と同情されることがあります。どうも木を削るように銅のかたまりを削っていると勘違いされているようです。もちろん鋳造作品の場合、作家のしごとは原型を作ることと、鋳造された作品の仕上がりの状態や色合いを点検し自分の作品であることを認めて署名をすることです。陶芸家の窯出しによく似ています。
 ブロンズ鋳造は、人類が文明を築いたのと同じくらい古くから行われてきた工業技術ですが、あまり一般にはその実体が理解されていないようです。そこで、今回は「ブロンズ」についてかんたんに説明をしようと思います。
 そもそも「青銅」と翻訳されるブロンズは、銅を主原料に錫・亜鉛・鉛などを加えて純銅より硬度を持たせた合金のことです。西洋流の鋳造技術が入ってくるまでは、ほぼ純銅を用いた鋳造品を「唐金(からかね)」や「金銅(こんどう)」などと呼んでいました。

小ねずみ童子(ブロンズ)
日本では、仏像や仏具、花器などを「緑色の錆=緑青」で仕上げることがなかったために、「青銅」という呼び名は一般化しなかったのです。

阿吽(ブロンズ)
 テレビで事件のニュースを見ていると、鑑識課のひとが、現場に残された靴跡を石膏で採取している様子が映されることがあります。あのときの犯人の靴が「原型」で、地面の靴跡が「雌型(めがた)」、石膏を流し込んで作った靴型を「作品」に例えることができます。  もう少し具体的に「鋳造」をイメージして頂くには「鯛焼き」がよいでしょう。黒い鉄でできた左右二枚の型が、「雌型」、鯛焼きの皮の部分が完成した「作品」で、あんこが「中型(なかご)」です。雌型と中型の隙間がブロンズの厚さになります。この隙間を作る際に、蜜蝋を用いる方法を特に「蝋型鋳造-ロストワックス」といい、蝋そのもので原型を作る場合もあります。細かい細工やひとつの原型からたくさん鋳造する際に便利です。
 ブロンズ鋳造と鯛焼きの違いは、もちろん材質です。「雌型」は、特殊な砂や石膏で作り軽く焼いたりして固めます。溶けた銅を流し込んでも壊れない程度の硬さで、冷えてから簡単に崩せるくらいの脆さが必要です。ちょうど七輪のような質感です。雌型の作り方は、鋳造所によっていろいろな工夫があります。また型の空洞いっぱいに銅を流し込むと、ものすごく重くなりますし銅もたくさん必要です。そこで仕上がりの作品に必要な厚みの空間を残して「中型」をやはり砂や石膏で作ります。中型は内側に流し込む銅と同じ材質の棒で雌型のなかに固定します。こうすると支えの棒が流し込んだ銅と一体化するのです。溶けた銅を流し込む「湯口(ゆぐち)」と、均一に銅が行き渡るような「湯道(ゆみち)」となかの空気を抜く空気穴をもぐらのの巣のように雌型にあけます。こうして銅が雌型と中型のあいだをいっぱいにして固まったら、雌型を崩して、中型の砂を抜き去ります。ですから美術鋳造の場合、一つの作品に雌型は一個づつ必要です。型を崩すと、湯道が残っていたり型の合わせ目に鯛焼きと同じような「ばり」が出ていますので、削り取って鏨(たがね)などで表面の質感を修正します。

☆詳しくは黒谷美術ホームページへ


うさぎ(ブロンズ)

 もちろん実際の作業や素材はもっと複雑で、言葉だけで説明するのはとてもむつかしいことです。そしてひとつひとつの工程は、職人さんの根気のいる手仕事の積み重ねで出来ていきます。ブロンズの着色は、おはぐろや漆の焼き付けや鍍金(めっき)・箔押しなどで行います。鋳造所の上手下手は、まず雌型の制作、そしてバリ取りなどの修正と最後の着色の技術によって決まります。

 鋳造は、ひとつの原型からいくつも複製を作ることができます。ですから、鋳造作品が美術品と見なされるためには、原型を作った作家や責任ある団体が、作品と認める数(エデイションナンバー)を保証し、署名をしたり制作証明書を発行して、その情報をオープンにすることが大切です。日本では永いあいだ、ブロンズ作品のきちんとした市場が確立されませんでした。それは作家や鋳造所、美術商がそれぞれに限定数を保証してこなかったために、交換価値が成立しなかったことが最大の原因でした。私の場合、作品ひとつひとつに署名と限定番号を金属加工用の工具で書き込んでいますので、筆跡鑑定が可能です。また署名をしたものから複製を作っても拡大鏡で見れば一目瞭然で真贋を鑑定できます。もちろん著作権者に無断で複製を作ることは犯罪行為であることは当然です。
 私は1988年からブロンズ作品を作り始めました。たくさんのひとたちのご協力と支持のおかげで十年目にしてようやく美術品市場で認知され流通しつつあります。

福朗(ブロンズ)

縁結び七福童子/JR博多シティ
そして鋳造会社や理解ある美術商の協力のもとに、ほとんどすべての作品の詳細な情報を保有しています。私は現在、それらの情報をホームページで公開する準備をしています。作品の画像と原型の制作年や寸法、限定個数、鋳造所や取り扱い店の情報がインターネット上で誰でも検索できるシステムを作りたいと思っています。また公共彫刻の場合は、その所在地や管理者、展示状態などの情報も検索できるようにしていく予定です。
 このように作家から顧客にいたるまで、たくさんのひとの手を経て流通するブロンズ作品は、それぞれの役割分担を誠実に履行する信義ある人間関係と情報公開のうえに成り立つと、私は考えています


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