『月刊美術』1999年3月号掲載

大阪弁

籔内佐斗司(彫刻家)

 大阪弁というと、いまだに笠置シヅコの「買い物ブギ」や八尾の朝吉親分のイメージがついて回りますが、大阪ネイティブとしては、これらが大阪弁のすべてと思われるのはいささか心外です。

秀吉
大阪とひとくちにいっても摂津、河内、和泉の三つの国に分類されます。大阪人即阪神タイガースファンというのも誤解です。タイガースは摂津の球団であって決してオール大阪ではありません。河内は近鉄バッファローズ、泉州は南海ホークスとかつてはきっちり住み分けができていたのです。ちなみに泉州育ちの私は、心情的にホークス出身の野村克也氏のファンですがタイガースには全く興味がありません。
 摂津の国は大阪北部から兵庫県東部の一帯で、今では兵庫県に属する神戸市、宝塚市、伊丹市なども含まれ、早くから商業地になりましたので町人の言葉が発達しました。「何と言っていましたか」というのを「なんてゆうたはりましてんな」「どないゆうとってん」などといいます。京ことばほど雅ではありませんが、安心して聞いていられます。秀吉が各地から移住させた商人たちによって関西共通語のようなものが形成されたのかもしれません。大阪中心部の船場のことばは、摂津のことばを基調に商人特有の言い回しを加えて洗練されています。大阪美術倶楽部社長の米田邦造氏の語り口は大阪商人のことばそのままです。翁が語る「鴻池話」や「忠臣蔵異聞」は大阪市の重要無形文化財に指定すべきだと思います。
 大阪の東から奈良の境までの広大な河内平野では、野良仕事をしながら畦道越しにどなりあった農民の言葉です。闘鶏もさかんな血の気の多い土地柄ゆえ、ことば使いも鉈を振り下ろすような凄みがあります。ここではおなじことを「どないゆうてけつかんねん」または「どないさらしとったんじゃっ」になります。二人称を「われ」「おんどれ」などというのも河内弁です。もちろん誰もが始終こんなことばで話し合っているわけではありませんし、この地域がベッドタウンと化したいまでは特殊な状況でしか純粋の河内弁を聞くことはありません。
 私が育った堺を含む大阪の南半分の地帯は和泉の国または泉州と呼ばれました。泉州弁は大阪湾に面した漁師や港で働くひとたちが潮風のなかでコミュニケートしたことばですから、河内弁とは違う荒っぽさがあります。余談ながら、交通マナーの悪さでは定評のある大阪ですが、そのなかでも「和泉」ナンバーの傍若無人ぶりは大阪人のあいだでもつとに有名です。海のうえを縦横に走り回った海洋民の血のなせるわざかも知れません。

叱咤 大黒童子

龍牙を磨く童子
さきほどの「何と言っていましたか。」は、「なんてゆうてやったんね」が音便変化して「なんちゅうちゃったんね」となり、「なんぢゅうぢゃったんね」とさらに複雑に変化させて話すひともいます。巨人の清原選手は、泉州のどまんなか「岸和田(ひとによってはキシワラと発音します)」のヒーローです。最近、彼が自分の発言がスポーツ紙に載るとみんな「わし」になってしまうことを怒っていましたが、たしかにこの地方の若者が自分のことを「おれ」「ぼく」とはいっても「わし」とはまずいいません。「わし」は老人のことばです。ちなみに「君」のことは「おまえ」「あんた」のほかに「自分」ともいいます。岸和田といえば高校時代のこと、堺の街なかに住んでいた友人が岸和田高校の文化祭にでかけて行って、可愛いい女の子にフォークダンスの相手をたのんだときに「いっちょやっちゃろけぇ!(ひとつやってあげようかしら)」といわれて脚がすくんでしまったということがありました。また大阪から友人が私を訪ねてきたときに、ふたりで話しをしているのをそばで聞いていた工房のスタッフが「なにをしゃっべてるのか、ぜんぜんわかりませんでした。」とあきれていました。それくらいレアな泉州弁は強烈です。

 今でこそ「吉本興業」のおかげで大阪弁が市民権を得ていますが、私が東京にやってきた三十年近く前は、まだまだ関東のひとには馴染みの薄い変な言葉扱いでした。私が何かを尋ねても、「えっ?何っ?」と聞き返されて、私はそれが嫌さにだんだんと無口になって、いつまでたっても東京弁が身につかないという悪循環でした。18〜9歳のころに、バイト先でちょっとしたことから口喧嘩になりました。普段無口な私がつい興奮して「お里のことば」でやり返したら、東京人の相手が逃げ腰になりました。大阪弁の「ことだま」の威力をこのとき初めて実感しました。
 全国的に問題になっている「ら」抜き言葉は、大阪弁の影響が大きいのではないかと思っています。「出れへん。」「食べれへん。」は、幼児語や、やや品下った大阪弁として以前からありました。「ちょーっ」とか「めっちゃっ」なども東京の盛り場ですでに市民権を得た様子。大阪経済の地盤沈下とはうらはらに、平成の大阪弁は難民のごとき広がりを見せているようです。
 ほな今月はこのへんで。



獅子吼童子

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