『月刊美術』1999年5月号掲載

エトワール便り・その一

籔内佐斗司(彫刻家)

 パリの凱旋門を中心にした円形のエトワール広場は、フランス人にとっては聖地ともいえる場所です。革命記念日や戦勝記念日には、ここからシャンゼリゼ通りを通って軍事パレードなどが行われます。この広場を囲んで十二棟の古風なメゾンが並んでいます。その一棟を百貨店の三越が買い取り、日本の文化をパリ市民に紹介するギャラリーを開館したのは1992年のことでした。以来、かずかずの展覧会が開催され、現代日本の美術工芸を継続的に紹介する窓口としての役割を果たしてきました。最近では、陶芸家の鈴木蔵氏、日本画家の小倉遊亀氏の作品展が開かれました。
 そして今年の5月11日から7月10日までの二ヶ月間、私もここで個展をさせていただくことになり、いまその準備が着々と進んでいます。そこで、この展覧会について数回に分けてご報告させていただこうと思います。今回はそのプロローグです。

 イベントプロデユーサーの大澤啓造氏は、1993年に高島屋を中心に全国六会場を巡回した「籔内佐斗司の博物学的世界展」で素晴らしい会場を創り上げたひとです。その実績から三越文化事業部は、彼を今回の展覧会の総監督として迎えました。
 私は展覧会のテーマを「色心不二」に決めました。「物質としての肉体(色)と霊魂あるいは生命エネルギー(心)は二つに在らず」という仏教的生命観の本質を端的に表したことばです。私の作品のうち「生命の鎧」と名付けたシリーズがありますが、これが「色」にあたります。そしてエネルギーの象徴である「童子たち」が「心」です。これらの作品約百点を用いて、私たち日本人が抱いてきた自然観や生命観が、異なった文化と宗教を持つパリのひとびとにもわかりやすく共感を得るような展示を大澤氏にお願いしました。単に彫刻作品を並べるのではなく、建物全体を「籔内佐斗司の世界」に変貌させようというものです。
 そのために展覧会を盛り立ててくれる面々は、いずれもその筋では百戦錬磨の猛者ばかりです。
 ポスターやチケット、広報用ちらし類は、歌舞伎関係の印刷物を多く手がけるグラフィックデザイナーの大塚雅子氏に担当していただきました。おととしの「拝啓、中村正義さま」展の図録や、昨年発行した「籔内佐斗司の全仕事For the Public-1」も彼女のデザインと編集によるものです。新潮社の写真週刊誌「FOCUS」は彼女のデザインによるといえば、その実力のほどがお分かりいただけるでしょう。手際よく数種類の試作を提案し、パリのスタッフの意見を取り入れ、図版のようなポスターができました。このポスターは、広告塔のほかにメトロの掲示板にも張り出されることになっています。パリ市民の反応が楽しみです。
 会場音楽は1993年展と同じく、井上鑑氏にお願いしました。三月に数日をかけて彼のスタジオで録音が行われました。井上さんがシンセサイザーで演奏した基本の音楽に十亀正司さんの木管がからみ、ヴォーカリストのやまがたすみこさんと比山貴咏史氏が声を重ねていきす。それにハワイからこの録音のために飛んできた金子飛鳥さんが、ヴァイオリンを、山木秀夫さんが打楽器を被せていきます。それをコンピューターで編集していくわけですが、「何小節目の何番目の音を録り直しましょう。」などとやっている彼らの作業は、私のような真性音痴には、神業にしか思えませんでした。完成した音楽は、主張を押さえながらも、単なる環境音楽には終わらない井上氏らしい知的な美しい作品となりました。

 会場照明は、イベントやファッションショーの分野で定評のある藤本晴美氏が担当します。1993年展のあの幻想的な会場照明をご記憶の方も多いことでしょう。彼女は、おととし資生堂がパリ装飾美術館で開催した「PARIS-TOKYO-PARIS」展の照明も手がけ、好評を博したと聞きます。打ち合わせの段階から、彼女が燃えていることは充分に感じられました。とても頼もしく楽しみなことです。
 展覧会図録の編集も進んでいます。挨拶文は私の恩師である東京藝術大学の澄川喜一学長に、作家論を東京都写真美術館館長の三木多聞氏に書いていただきました。フランス側から日本研究の第一人者である国立高等研究院(ソルボンヌ)教授ハルトムート・ロータームント氏が私の作品世界について執筆して下さいました。

 出品作品のほとんどは、所蔵家のみなさまから借用することになります。たいせつなお預かりものですから、梱包や取り扱いは輸送の専門家にお願いしなければなりません。今回は日本通運の美術品部が担当します。これらのことを実現するためには素人の片手間仕事では不可能です。日本の文化をパリ市民に紹介するという使命を十分に理解し、必要経費をきちんと予算化し実行する三越に、こころから敬意を表し感謝したいと思います。  今回のパリ展では、準備の段階からその道の専門家集団の「人組み」がみごとに築き上げられました。彼らの仕事が私の展覧会開催に向けて一丸となって動いている様を見て、私はつくづく幸せな作家だと感じています。

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