『月刊美術』2000年2月号掲載

前衛

籔内佐斗司(彫刻家)

 前衛ということばが芸術表現の用語として使われなくなってどれくらい経つでしょう。六十年代から七十年前後にかけては、非具象表現の絵画や彫刻、またアクションペインティングやハプニングあるいは実験的映像表現など時代を先取りした(ひとによっては、「わけが分からん!」)芸術をひっくるめて「前衛芸術」と呼びました。最近それらが懐古趣味的なブームになって歴史的評価を受けたり、白髪の目立った往年のアーティストがハプニングを再現したりしているのを、テレビのニュースで目にすることもありました。
 前衛ということばは、もちろんフランス語のアヴァンギャルドの訳語で、もともとは軍事用語です。司令部や補給部隊などの中核部隊が安全に行動できるように最前線で敵軍と直接対峙し行く手を確保する部隊です。消耗や犠牲が多く新陳代謝のもっとも激しいところです。ヨーロッパでは第一次世界大戦のあと、さまざまな新しい芸術表現が一気に咲き競い、社会主義思想が一番輝いて見えたころでもありましたから、政治システムの変革運動と芸術分野の革新運動が密接に絡み合い、アーティストたちが時代の最先端を切り拓くという自負を持って自分たちを前衛と呼んだことに始まるのでしょう。もちろん美術史に名を残している巨匠たちは、いずれもそれぞれの時代の革新者であり、「前衛的」であったがゆえに時代の創造者としての評価を得たわけです。

凱旋童子

神農童子
 医学には基礎医学と臨床医学があり、相互に問題提起をしあい刺激しあって医学界全体の進歩があるように、創造的分野にも前衛芸術と応用芸術があるともいえます。そして基礎医学は、従来の学問の垣根を越えて連携し、学際的研究へと広がって行くように、前衛芸術もあたらしい思想やテクノロジーを貪欲に吸収してきました。前衛ということばが語られなくなってからは、現代美術ということばがそれにとって変わりました。前衛芸術も現代美術も、同時代の言語としては終焉しても、その表現様式はインテリアや服飾、ヴィジュアルデザインなどの生活芸術という美術界の臨床分野におおきな影響を及ぼし定着しています。このようなあり方は、前衛と応用の極めて健全な関係といえるでしょう。

 昨年春から東京藝術大学の美術学部に「先端芸術表現科」が新設されました。「前衛」でもなく「現代」でもなく「先端」というところがミソなのでしょう。絵筆や刃物などを用いた在来的手技ではなく、映像表現や身体表現を含んだ「先端的」手法をすべて包含した芸術表現を模索するということのようです。
私は上野のお山を下りてからずいぶん年月が経ち、藝大の内部事情にすっかり疎くなりましたので、どのような経緯でこの科が開設されたのかは知りません。しかし今後どのような性格付けをされ、教官や学生がどんな表現領域を開拓し、来るべき社会にどのような関わりを持つことができるのかを大いに興味を持って見つめています。しかし「前衛芸術」や「現代美術」ということばが今や陳腐化したように、「先端芸術表現」ということばがいつまで新鮮に響くのかと素朴な疑問も禁じ得ません。

 東京藝術大学は、唯一の国立芸術大学であるにもかかわらず、書、墨絵、多色刷り木版画、造園、茶道、華道、歌舞伎など世界に発信すべき日本独自の芸術領域の専攻コースがすっぽり抜け落ちています。これは藝大に留学してきた外国人学生が一様に失望し不思議がることでもあります。二十一世紀に向けて、欧米自身が脱近代合理主義に真剣に取り組み、また日本人のアイデンティティーの見直しや、「和の暮らし」「伝統的手技」が若い世代にも強くアピールするご時世です。個人的には「日本芸術表現科」があってしかるべきだと思っていました。

九尾の狐/平成伎楽団

文殊童子・普賢童子

 また「先端芸術表現科」を、日本画科や油画科、彫刻科、デザイン科、工芸科などの既存の各科と並列に位置付けることは、社会的要請のバランスからすると大変いびつな気がします。民間の経営感覚からすれば、既存の各科は「在来芸術表現科(?)」として再編成することが、芸大百年の大計ではないでしょうか。百年前に岡倉天心が、古典美術を継承する人材育成や研究の部門と、西洋的な新しい造形手法を取り入れた新制作部門を、東京美術学校や日本美術院の両輪にしようとしたバランス感覚は、まったく慧眼であったとあらためて感じます。

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