『月刊美術』2001年4月号掲載

資産

籔内佐斗司(彫刻家)

 英語に「property」と「asset」という単語がありますが、いずれも辞書では「資産」と出ています。さきごろ、この二つの英単語の微妙なニュアンスの違いについて、考えさせられる機会がありました
 私の友人で翻訳をしている英国人がいます。先般開催された「鑑真和上展」 の図録の英文も彼のしごとでした。「鑑真展」のオープニングレセプションに彼と一緒に出かけた時、文化庁のおしごとをずっとしてこられたW先生にお目にかかりました。私も芸大時代にたくさんのことを教えて頂いた恩師のひとりでもあります。先生は、彼の翻訳について、「あなたは重要文化財の翻訳を『Important Cultural Assets』と翻訳していたけれど、日本では公式な用語として『Important Cultural Properties』を使うことになっています。ですから、翻訳をする時は、『asset』ではなく『property』を使って下さい。」という指摘をされました。
 もちろんギャビンは、文化庁が使っている公式の「用語」を使うべきだということはすぐに納得しましたから、先生の指摘を素直に受け入れました。しかし帰り道に「僕は大事なものという意味を込めて『Asset』を使ったんだけどね。」と首をすくめたのです。私は、この「Asset」と「Property」の違いにとても興味を覚えました。

あこや童子


練金童子 山吹餅を伸べる

 後日、別の英国人で東洋美術のディ−ラ−をしている友人にそのことを尋ねました。彼がいうには「『資産』という意味ではどちらを使ってもほぼ同じだよ。だけど自分たちで獲得した物質的資産としてなら『property』がいいだろうし、先祖が残してくれた遺産や代々受け継いできた無形の価値を含めた資産という意味を込めるなら『asset』がいいと思う。アメリカではスミソニアンやメトロポリタン美術館の所蔵品を『cultural property』という言い方をしている。それはアメリカ人にとって、この150年ほどのあいだに、石油や鉄で稼いだお金で世界中から買ってきた物質的資産としての『property』だからだ。だけど、唐招提寺の仏像は千年以上前から日本にあって、信仰というみんなで共有できる無形の価値を持っているから、民族や地域の歴史、文化や信仰までも含んだ民族的資産という意味を強めていうのなら『asset』がより適当だろうね。しかし僕は仏像や仏画を信仰の対象と考えたことはなく、商品として売買してきたから、僕にとっては『property』以外のなにものでもなかったよ。」と明快な答えでした。
 明治にできた古社寺保存法以来、文化財保護の基本は、日本の美術品を国外流出から守ることが最優先されてきました。そして戦後にできた文化財保護法は、アメリカの文化行政をお手本にしていますから、アメリカで使われていた用語の直訳を多く使っています。現在も文化庁美術工芸課は有形の古文化財を国内に留めるという姿勢が基本にありますから、「Property」の用法で間違いはなさそうです。

 このことから連想して、やまとことばの「もの」と「こと」の違いについて考えました。古代日本では、ただの物体は「もの」です。そして、すべての「もの」には「たま(すなわち「魂」)」が宿ると考えました。そして「もの」に「たましい」が宿ると「こと」になるわけです。この魂を「ことだま」といい、この作用によって状況が生み出されるわけです。「ことだま」をいいかえれば人の思想や観念なわけで、「ことのはじまり」という意味の「ことのは、ことば」として介在するわけです。これは、ちょうど「property」と「asset」とに対応しているようにも思えます。

花咲か童子

破魔の実童子
 作家にも、「もの」を作ることに徹する純粋なタイプと、作品が新たな状況を作り出す「こと」に意味を求める純粋でないタイプがいます。私は、後者の不純なタイプに属します。作品を作るだけでは飽き足りないわけです。
 西洋では職人はアルチザンとよばれアーティストの美意識や創造性を具体化する下職と考えられています。設計家と建築職人のような関係です。どんなに高名な建築家であっても、彼自身が日曜大工で組み立てた家屋に住もうと思う人はいないでしょう。しかし日本では、大工の棟梁は優れた大工であったように、陶芸職人も漆職人も刀鍛冶も一流の職人は、デザインの面でも大変優れたアーティストでした。その証拠に、刀剣のみならず茶わんや大工道具にまで作者のみごとなサインが入っています。日本の工芸品が、ずば抜けた美しさと完成度を持っていた原因は、職人たちが与えられた図面通りに「もの」を作っていたのではなく、それを使う人たちの状況をつねに考えて「こと」を演出しながら作っていたからだと思います。

 来年五月、東大寺の境内で大きな展覧会の企画が動き始めました。題して「籔内佐斗司 in 東大寺」です。東大寺大仏開眼千二百五十年の大法要に合わせて繰り広げられるさまざまなイベントの一環で行われます。たくさんの人たちがこのプロジェクトに関わります。「もの」である私の作品が並べられたおおきな会場にどんな「たましい」が入って、いかなる「こと」が起きるのか、請うご期待というところです。私の作家としての原点でもある奈良の地の、しかもその中心である東大寺で、大仏さまの千二百五十歳を、思う存分にぎやかにお祝いしたいと思っています。

鹿茸童

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